【視聴記録】香港のトレイル・レース 4つのコース298km 60時間以内の超難関!突破率8%に挑む

「香港ウルトラ298km 超難関!突破率8%の壁に挑め!」

Photo by Ansel Lee on Pexels.com


大都会香港で行われた超難関レースに密着したNHKの番組を見たので紹介します。

全長298km

累積標高はエベレストをはるかにしのぐ

1万5千m

それを

60時間以内

に走らなければならないレース。

過去111人が挑戦し突破したのはわずか9人

地元香港のアマチュアが趣味で始めたレースだったがあまりの過酷さが話題を呼び、今や世界の有力ランナーの憧れになったレース。日本からはトップランナー土井陵さんが参加。己の限界と戦い60時間以内にゴールできるのか・・・という内容

そもそも、香港は国土が狭いイメージがあって、298kmのコース設定が気になりました。298kmというと東京から名古屋あたりまでの距離。香港の面積は東京都の半分しかありません。どういうコース設定なんでしょう?番組の冒頭で解説されていましたが、香港が昔政情不安定だった頃があり、当時国土を利用したたくさんのトレイルコースが整備されたのだとか。小さな国土の中にたくさんのコースがあり、トレイルの全長は600kmを超えるそうです。

最初のコースは香港の西から東へ100kmのコースその中には香港最高峰の大帽山(956m)の登山が含まれています。最初のコースを終えるとそこから車で次のコースに進みます。2番目のコースは北から南へ走り、地下鉄で香港島に移動して香港島の南端までのコース約80kmこのコースもアップダウンが激しいです。3番目のコースは香港島の南東端からビクトリアピークまでの約50km登り階段が続きます。ビクトリアピークから車でフェリー乗り場まで移動してフェリーでランタオ島に移動します。そして最後の4番目のコースはランタオ島を一周する約70kmのコース。最後のコースは終盤に900m級の山、500m級の山を続けて登ります。そして最後の山を下りたところにゴールがあります。・・・私なら1か月かけてゆっくり楽しみたいコース。

この大会、驚くことに主催者1人ですべてを運営していること。役員もスタッフもいません。車での移動は選手のサポータが移動時のみに支援を行い、途中の飲食は自由です。出場者の選考も主催者の主観で選ばれます。重要なのは出場する動機だそうです。何度も出場しているランナーもいれば、初出場もいますし男女混合です。

朝9時に33人がスタートして最初の100kmを夕方から夜にかけて走ります。100kmを走るだけで私の場合足が壊れます。いや、50kmで動けなくなると思います。以前フルマラソンと同じ距離を走ってみようとしたら30kmくらいから歩きながら5~6時間かけて42kmちょっと走破?できた記憶があります。一日中走ってこれからまだ夜通し走るんです。そして夜に香港を南北に走るのですが、真夜中に雨の中山道を走ります。ここで多くのランナーが棄権し始めます。途中売店でカップラーメンを食べて暖をとりまた走り出す。一昼夜で2コース180kmの走破。これだけで体はもうボロボロなのに、次のコースは長い長い階段を上る50kmのコース。スタートの翌日の晩にビクトリアピークから香港の夜景を見ることができますがもちろん夜景を楽しんでいる時間も精神的余裕もありません。最後のコースがあるランタオ島に行く船は、午前3時の次は午前7時。過去60時間以内でゴールした9人のうち8人は午前3時のフェリーに間に合っています。そんな条件の中このあたりで諦めるランナーも出ます。

ビクトリアピークに到着した時点で日本人参加者の土井選手は、「痛いところは、腿、膝、腰、背中、肩」と、ほぼ全身が痛みで辛そう。そして少し休むと体が冷えて固まってしまう状態。上位は土井選手の他、ネパール、オーストラリア、香港、韓国、イギリスなどの選手がいました。もうこのあたりからは精神力の世界。

そして、最後ランタオ島一周、終盤に山二つを登山。札幌で言うところの手稲山と藻岩山の両方を登って降りるコースが70kmのコースの最後の15kmに待ち構えます。ほんとにクレイジーです。数名がここまで走ってくるのですが、驚いたのは最後の10kmになると皆さんまた走り出せること。ゴールが見えてくると力もわいてくるのだと思いますが、290km走ってラストスパートってできるものなんですね。

そして、6人が60時間以内でゴール 
トップはずーっと笑顔で走ってきたネパール人の方、最後は顔をしかめゴールで泣き崩れました。2位のオーストラリア人も、そして土井選手もゴールして涙。普段は泣くことがないそうです。それだけ過酷だったんだなということが伝わります。最後に間に合わなかったイギリス人の女性が途中幻覚をみるほどに苦しみながら72時間以内でゴールしました。

皆さん、それぞれの思いや何かを背負って、自分自身に挑戦して貴重な何かを得たようです。主催者の思いは言葉にできないその貴重な何かを知ってもらいたかったのかなと感じました。素晴らしいドキュメンタリー映像を見させていただきました。

【sports】日本シリーズ第1戦「京セラドーム」SB 5-1 G

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日本シリーズが始まりました。
さすがソフトバンク、王者の試合運びでした。千賀投手がジャイアンツ打線を抑えて、栗原選手が先制ツーランとタイムリーで4打点 5-1でソフトバンク・ホークスの勝利で日本シリーズ記録の9連勝だそうです。

時を戻します・・試合前
さて、日本シリーズが始まります。先発は千賀投手と菅野投手・・・すごいな。打線も柳田やデスパイネとか岡本や丸、坂本がいる強打者揃いの両チーム。周東の俊足も見てみたい。直前になって急にワクワクしてきた野球好きおじさん。普段応援することのない千賀投手を応援しちゃおうかなといった感じで私は日本シリーズに入りました。両チームともお金持ち球団、ベイスターズ、マリーンズ、ファイターズが好きな私はいつも悔しい思いをしています。でも楽しそうだし見ちゃおう、ホークス応援しちゃおう。

さらに・・・

東京のチームと福岡のチームの日本シリーズなのにどういうことか、大阪の京セラドームで開催じゃないですか! なんとなく聞いていたものの、ベイスターズのことばかり考えていたのであまり興味なく、昨日の夜気が付いてチケット取れるのかと思ったら取れるわけもなく、おうちでテレビ観戦しました。終わったあと、いてもたってもいられず、ジョギングしてきましたよ。京セラドームまで・・・

とっくに人はいませんでした。数名の団体がまだ球場のゲートの近くで談笑していましたが、日本シリーズの試合後の雰囲気はもう何もなかったかのようになくなってひっそり。そりゃそうです、コロナ禍の23時大騒ぎしてはいけません。

江之子島からの距離は3キロくらいです。
久しぶりのジョギングでしたが、思ったより快調に走ることができました。やっぱりお肉食べると違うんですかね。

ということで、明日も楽しみな日本シリーズです。
テレビでゆっくり見るとします。

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【Sports】東京六大学野球 早稲田大学10季ぶりの優勝 受け継がれる伝統

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コロナ禍で行われた東京六大学野球秋のリーグ戦。11月7日(土)8日(日)早慶戦が行われました。伝統の早慶戦は必ずリーグ戦の最終節で行われます。今年はコロナ禍での変則的な内容でしたが、東京六大学野球は実施されました。


慶應義塾大学が1勝すれば優勝
早稲田大学は1勝1敗か1勝1分で優勝という両校に優勝のチャンスがある早慶戦でしたが、早稲田大学が劇的な優勝で幕切れとなりました。

  • 「コロナ禍」の六大学野球
  • 優勝をかけた早慶戦
  • ドラフト一位エース対決
  • 蛭間選手の2試合連続決勝弾
  • 小宮山監督の想い

「コロナ禍」の東京六大学野球

通常の東京六大学野球は総当たり戦で土曜日が第1試合、2勝した時点で勝点1がもらえる勝点制です。土日で連勝したら勝点1を獲得して一節が終了します。土日で1勝1敗の場合は月曜日に3試合目を行い、3試合目が引き分けの場合は火曜日に4試合目とどちらかが2勝するまで実施されます。

今年は1週(1節)に2試合固定で行われ、1勝で1ポイント、引き分けで0.5ポイントの勝点制という通常と異なる変則的な方法で実施されました。
プロ野球と同様に観客も上限5000人からはじまり、10月17日以降は10000人、早慶戦は12000人を上限に行われました。

そして今年は神宮大会(全国大会のような大学日本一を決める大会)は中止のため4年生は最後の大会となりました。

2020秋季リーグ戦 結果(東京六大学野球連盟公式サイト)
https://www.big6.gr.jp/game/league/2020a/2020a_schedule.html

優勝をかけた早慶戦

今年の早慶戦は久しぶりに結果次第でどちらにも優勝の可能性のある早慶戦でした。早慶戦に至るまでの成績は以下の通りです。

慶應義塾大学
東大と立教に2勝、明治と法政には1勝1分けの6勝2分
勝点が 7.0

早稲田大学
東大に2勝、他の大学には全て1勝1分の5勝3分で
勝点が 6.5

わずか0.5ポイント差なので、1勝すれば1ポイント入るため、早慶戦の結果次第で優勝が決まる一節となりました。

ドラフト1位 エース対決

もう一つ話題がありました。直前に行われたプロ野球のドラフト会議で両校のエースが1位指名を受けました。

早稲田大学  早川投手 東北楽天ゴールデンイーグルス1位指名
慶応義塾大学 木澤投手 東京ヤクルトスワローズ1位指名

早川投手は木更津総合高校3年生の時すでにドラフト候補で注目される投手でしたが、早稲田大学に進学して3年生までは目立った活躍はありませんでした。しかし4年生になり球威が増し、安定した投球で早稲田無敗の原動力となりました。

木澤くんは慶應義塾高校出身で早川投手と同様3年生までは驚くべき成績は残していません。ただMax155キロの速球にスライダー、カットボール、カーブ、チェンジアップと多彩に変化球も投げられます。4年生の秋のリーグ戦で5勝負けなしで早慶戦に臨んでいます。

蛭間選手の2試合連続の決勝ホームラン

早慶戦でヒーローが現れました。
2年生で8番打者の蛭間君(浦和学院)

2年生で早稲田のレギュラーに選出されるだけでもすごいのですが、早慶戦という大舞台で大活躍しました。

<1試合目>
エース同士の対決で7回表に慶應が1-1に追いつきます。
追いつかれたその裏に蛭間選手が木澤投手から2ランホームランを打ち、これが決勝点となり、8回、9回を早川投手が抑えて早稲田が先勝しました。
この時点で、早稲田の勝点が7.5 慶應が7.0 と早稲田がリードして、優勝の行方は最終戦に持ち越しとなります。

<2試合目>
4回まで慶應が2-1とリードして両校継投で最終回まで一点差の接戦。
9回表慶應は投手をエース木澤くんに交代してツーアウト、あと一人、アウト一つで優勝というところまで早稲田を追い詰めます。
ここで熊田くんがヒットで出塁し、昨日木澤投手からホームランを打っている蛭間選手の打順。慶應の堀井監督はここでピッチャーを生井くんに交代します。そしてその初球をなんとなんとバックスクリーンまで運ぶ大逆転ホームラン。起死回生の一打で3-2と逆転しその裏を早川投手が抑えて早稲田大学は優勝となりました。

打席に入る前、小宮山監督に「狙い球は外角のストレート」だと確認し合ったのに、真ん中に入るスライダー(しかも初球)に合わせてホームランにしてしまいました。そんな打撃センスを見せつける豪快な一打でした。

彼に指導をしたバッティングコーチの徳武さん(82歳)もスタンドで涙したそうです。石井連蔵さんに熱血指導を受けた徳武さんが受け継いだ早稲田の伝統がまた引き継がれた瞬間でもありました。昔のような指導ができない中で、どうやって若い選手のポテンシャルを引き出すのかは今時の指導者の共通の課題だと思います。そんな課題をひとつクリアしてくれた一瞬でもあります。蛭間君の今後の活躍が楽しみです。


小宮山監督の想い

早稲田大学卒業後、千葉ロッテ、メジャーリーグ、横浜で活躍した小宮山監督が優勝監督インタビューで「長い野球人生で一番感動しました」と語った試合でした。

今秋は1960年秋の「早慶6連戦」から60年。「伝説の名勝負」として語り継がれる早慶戦で当時両校を率いた慶大・前田祐吉氏と早大・石井連藏氏が野球殿堂入りしました。教え子でもある小宮山監督はインタビュアーからそのことに触れられるとしばらく涙で言葉が出ませんでした。厳しい指導で有名だった石井さん。その墓前に良い報告ができると男泣き。私ももらい泣き。

また、小宮山監督はこうも言っています。
たまたま早稲田が最後優勝を勝ち取った形になりましたが、新型コロナに感染させない対策を徹底し、最後まで大会を続けることができたことは、全ての大学、関係者全員の勝利であると。

これからも野球が続けられるようにみんなで頑張っていきたいという想いがあふれていました。

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