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【旅】京都鉄道博物館の懐かしい特急や新幹線

京都鉄道博物館の鉄道展示がすごい! 懐かしい車両がたくさん展示されています。入場してすぐに表れるのが、昔の東海道線と新幹線0系(初代ですね!)テンション上がります。

昔の新幹線の形や車両の中のシートデザインをみると、そうそう、昔こうだった! とまたしてもハイテンション。縁のないグリーン車にも興奮してしまします。

展示本館の中に移動するとJR西日本が開発した500系の新幹線がありました。個人的にはこのデザインがとっても好きでした。ボディの側面も丸みを帯びた局面と流線形の美しいデザイン。かっこい~

次に並んでいるのは昔の特急。これは私が幼い頃、毎日のようにお絵描きで書いていたやつです。「こだま」「くろしお」「雷鳥」・・・あ、でも西日本の特急はあまり名前になじみがないですね。しかし、しかしこの形、このフォルム、この色、この模様、何度も何度も描いています。感激。

「月光」なんて特急は聞いたことないです。なんと新大阪と博多を走っていたんですね。もしかしたら、というか多分新幹線が東京~新大阪まで開通してから、博多まで伸びる間に活躍した特急とみた! 絶対そう、そうに違いない。(ググれと怒られそう)

昔から食堂車ってあるんですね。昔は高速鉄道がないので寝台列車とか長旅を鉄道で楽しんだのがよくわかります。鉄道車両の展示以外も駅弁とか、いろいろな展示がありました。

【食】大阪・江之子島「辣将軍」でランチ 麻婆豆腐と担々麺のハーフセット

ランチでやってきました「辣将軍」。ランチはお得です。麻婆飯に担々麺のセットがメインです。麻婆豆腐か担々麺のどちらかがハーフのセットと、両方がハーフのセットがあり、私は両方ハーフのセットを頼みました。・・・正解!! ハーフでもそこそこ量があるのです。最後まで美味しくいただくには量が少ない方が良いでしょう。夜に来るときは単品で頼む麻婆豆腐。やっぱりご飯に合います、絶対合うこのコンビ。白飯も少し固めで私好みです。よく噛んで味わっていただきました。

少し遅れたやってきた白ごま担々麺。ちなみにハーフの場合、+30円で「黒ゴマ」に変更も可能です。定期的にここに来たくなるのは、麻婆豆腐の刺激とこの胡麻なのです。使っている胡麻の量が多くてコクがある美味しいスープ。乗っている青菜のシャキシャキの食感、程よい半熟のたまご。麺も担々麺にはこれしかないと思う麺です。

ということで、またそのうちやってきます。江之子島グルメ

【Life】大阪・江之子島ジョギング 5.8km

いつも走りたくて走っているようで、走る時になって、面倒になるのが常。やめようかな・・・いや、走らなくちゃ・・・やっぱりやめようかな・・と迷います。 そんな自分に勝って外に出ました。やはり食生活を変えると心臓の調子もよくなってきた感じ。それほど苦しくならずにキロ7分ペースでゆっくり刻みました。

【旅】京都鉄道博物館「鬼滅の刃」とのコラボ

京都鉄道博物館に行きました! 大宮の「鉄道博物館」、名古屋の「リニア・鉄道館」に続いて大規模な鉄道展示の博物館は3つ目、この3つが三大鉄道博物館だと思っているのですが、他にあるのかな。。。映画「鬼滅の刃 無限列車編」そうです無限列車編なので、たくさんコラボしていました。

まずは煉獄杏寿郎が古い昔の客車に登場! 煉獄さん、大人気ですね。

食堂車には竈門禰豆子(ねずこ)がいました。

そして、レストランには、コラボフード

「煉獄の彩り牛肉弁当」

さすが京都、牛肉が美味しいですもんね

「炭治郎と煉獄の全集中プレート」

全集中プレート! ネーミング最高です。デザートの盛り合わせでしょうか?

そしてコラボのメインはこの上記機関車、鬼滅の刃のい時代設定は大正時代で蒸気機関車がたくさん走っていた時代です。フロントには「無限」のプレート 本物の蒸気機関車はすごい迫力です。

警笛の音がなぜか心にしみわたります。少し前に見た「鉄道員(ぽっぽや)」を思い出してしまいました。この警笛の音でいろいろな事を思い出す人がたくさんいるんだろうなぁ なんてったって、駅とか鉄道はお別れの場、そして希望に胸を膨らませて出発の場。鉄道はロマンです。

ここまで書いてなんですが、まだ映画「鬼滅の刃」見ていないです。早く観た~い。

【旅】京都・梅小路公園の梅の花とメジロ

京都の梅小路公園をお散歩。2月なのに20度近い陽気です。梅の花も見頃になってきました。梅小路公園には何種類もの梅の木があり、いろいろな梅の花を楽しむことができました。青い空に紅梅、白梅の花がとても映えます。そこになんとメジロが飛んできました。

メジロなんてそんな簡単に撮影できるわけないと思っていたら目の前に現れたではないですか! すぐに飛んで行ってしまうのかと思ったら、いつまでも梅の花をつついています。 可愛い~ 綺麗なうぐいす色、初めて見た時はウグイスと勘違いしたことを思い出しました。目の周りが白いメジロ。

【旅】京都・東山二条「頂妙寺」「寂光寺」「要法寺」散策

大蓮寺で蝋梅を観たあとで、近辺のお寺を巡りました。「頂妙寺」は門がとても古くて歴史を感じさせるお寺です。

寂光寺は1578年(天正6)日淵が出水室町に創建した法華宗のお寺です。2世日海は囲碁の名手で、信長、秀吉や家康の指南役も務めたそうです。没後、門弟がこの寺の塔頭の名である本因坊の名を受け継ぎ、江戸に本因坊家が生れました。境内に本因坊歴代の墓があります。

要法寺は日蓮宗京都十六本山のひとつで始まりは鎌倉時代とされています。池にカルガモが生息していて、毎年6月になると鴨川に引越をする様子がマスコミにも紹介されることで有名なお寺です。

【旅】京都・今出川「十念寺」は近代建築のお寺

地図で「十念寺」の場所を見つけて通りかかったので、遠目に見てみたら、なんだこの建物は! 京都のお寺のイメージとは全く異なるいで立ち。1993年に近代建築様式の今の姿になったそうです。

1431年に後亀山天皇の皇子真阿(しんな)上人が将軍足利義教の帰依をうけて当時「誓願寺」のあった辺りに創立し、天正年間(1573~1591)この地に移ったとされます。本尊阿弥陀如来は、東山雲居(うんご)寺から移したと伝える文六の坐像です。寺内には後陽成天皇の皇子高雲院宮の墓所をはじめ、足利義教、施薬院全宗法印、鋳造師金座銀座両家、徳大寺公城等の墓や、竹内式部贈位の碑があります。

【旅】京都・今出川「本満寺」の枝垂れ桜 まだ咲いてない2月の姿

本満寺というお寺を通りかかりました。Googleマップで確認すると「桜の名所」とのこと。もちろんこの時期に桜はさいていませんが、見事な絵ダブルだけでも十分見る価値があると思う程の見事な桜です。この桜が咲いたところは見てみたいですね~。

本満寺は日蓮宗本山。

1410年(応永17)近衛関白道嗣の嫡子、玉洞妙院日秀が今出川新町に朝廷より敷地三万坪を与えられて創建されました。広宣流布山、本願満足寺と号します。

1536年(天文5)の天文法華の乱後、12世日重の代、1539年(天文8)より現在の地に移り、後奈良天皇の勅願所となります。

1751年(宝暦1)35世日鳳が8代将軍徳川吉宗の病気平癒を祈り、以来、将軍家の祈願所ともなりました。

本尊は十界大曼陀羅。又、尚道奉安の祖師像は、芹生村山麓より発見されたものでその山中より法華経読誦の声が上がったという有名な説があります。境内墓地には山中鹿之介の墓、本堂脇には徳川家康二男秀康の正室、蓮乗院の石廟があります。伝太子筆紺紙 金泥一字宝塔法華経並普賢経は重要文化財。宗祖日蓮大聖人真蹟十界大曼荼羅御本尊ニ幅、狩野元信筆の祖師像はじめ寺宝多数。尚、重要文化財は京都博物館 預けとなっています。

桜は咲いていませんが、小さな梅の木に鼻がさいていました。

【旅】京都・今出川「相国寺 承天閤美術館」の宝物展 

相国寺は足利義満が創建に関わったお寺で有名です。また、重要文化財になっている伊藤若冲の作品があることでも有名です。今回は梅の季節ということもあり、「梅の余薫」と梅をテーマにした展示と「相国寺の歴史と寺宝」と題した展示を開催していました。楽しみです。ワクワクです。

展示が素晴らしいとは聞いていましたが、美術館の設計もゆったりしていて途中日の良く当たる縁側のような回廊があったりと気持ちよく展示を楽しむことができました。

<梅の余薫>

梅と禅文化のかかわりについて展示を通して伝えてる意図があるようです。『万葉集』では多く詠まれた梅は、平安時代以降、桜にその座を譲りますが、禅僧が好んで描き、漢詩に詠んでいた植物は梅だったそうです。厳しい寒さのなかで蕾をつけ、最初に春を告げる梅に禅僧達は様々な思いを託してきたようです。相国寺、金閣寺、銀閣寺に伝来する寺宝から、梅にかかわる作品が多く展示されています。

相国寺の歴史と寺宝>

相国寺の歴史を、宝物によって概観して多種多様な作品を通覧する総合的な展示になっています。相国寺の創建と足利将軍、そして時代がうつろい織田、豊臣、徳川といった権力者たちと相国寺僧はどのように相対し、近代の廃仏毀釈の流れの中で寺域を守り続けたのか。相国寺とその塔頭、鹿苑寺(金閣)や慈照寺(銀閣)の寺宝から近代にいたるまでの歴史の流れをたどれます。足利義満の肖像画や織田信長の書状、豊臣秀吉の書状や、122人の花押がある寄進の署名は名だたる武将の名前がずらりと並びます。

【食】京都・梅小路「麒麟亭」のわらじビーフカツ

ランチにいただきました。京都の「麒麟亭」今日はせっかく京都に来たので少し贅沢にランチしました。

「わらじビーフカツ」まさにわらじのように大きな牛肉のカツです。程よい厚さでサクッと揚げられており、お肉はとっても柔らかく、これまた程よい弾力性のある食感。そしてこのソースが独特で美味しい!! このカツにピッタリのソースです。酸味が強いのも私好み!驚いたのは最後の一切れを食べ終わるときにソースもなくなる絶妙な量。

このビーフカツなんと、1900年代の初めからの看板料理だそうです。大正時代にこのわらじのように皿からはみ出さんばかりの料理が大人気となり、昭和、平成、令和と受け継がれています。柔らかいランプの部位を薄めに切りだして超高温で短時間、パリッと香ばしい仕上がりに調理されています。

【食】京都・地下街ポルタの「銀座ハゲ天」で早春天丼・・・じゃない

食べていてなんか頼んだ天丼と内容がちがう気がしてきました。
早春天丼(1250円) を頼みました。
海老2尾  蕗の薹  菜の花  白魚  桜海老  ニラと烏賊のかき揚げ

後からWebでメニューを見たら
海老2尾 魚介1品 穴子の一本揚げ 半熟玉子 貝柱と玉葱のかき揚げ 海苔) 赤だし お漬物

写真を見る限り後者ですよね。領収書もらったので確認したら1250円税 でした。
だまされた。悪意はない間違いだとは思いますが、その場で言わなかった私が悪いのかもしれませんが、ちょっと残念な気持ち

【視聴記録】香港のトレイル・レース 4つのコース298km 60時間以内の超難関!突破率8%に挑む

「香港ウルトラ298km 超難関!突破率8%の壁に挑め!」

Photo by Ansel Lee on Pexels.com


大都会香港で行われた超難関レースに密着したNHKの番組を見たので紹介します。

全長298km

累積標高はエベレストをはるかにしのぐ

1万5千m

それを

60時間以内

に走らなければならないレース。

過去111人が挑戦し突破したのはわずか9人

地元香港のアマチュアが趣味で始めたレースだったがあまりの過酷さが話題を呼び、今や世界の有力ランナーの憧れになったレース。日本からはトップランナー土井陵さんが参加。己の限界と戦い60時間以内にゴールできるのか・・・という内容

そもそも、香港は国土が狭いイメージがあって、298kmのコース設定が気になりました。298kmというと東京から名古屋あたりまでの距離。香港の面積は東京都の半分しかありません。どういうコース設定なんでしょう?番組の冒頭で解説されていましたが、香港が昔政情不安定だった頃があり、当時国土を利用したたくさんのトレイルコースが整備されたのだとか。小さな国土の中にたくさんのコースがあり、トレイルの全長は600kmを超えるそうです。

最初のコースは香港の西から東へ100kmのコースその中には香港最高峰の大帽山(956m)の登山が含まれています。最初のコースを終えるとそこから車で次のコースに進みます。2番目のコースは北から南へ走り、地下鉄で香港島に移動して香港島の南端までのコース約80kmこのコースもアップダウンが激しいです。3番目のコースは香港島の南東端からビクトリアピークまでの約50km登り階段が続きます。ビクトリアピークから車でフェリー乗り場まで移動してフェリーでランタオ島に移動します。そして最後の4番目のコースはランタオ島を一周する約70kmのコース。最後のコースは終盤に900m級の山、500m級の山を続けて登ります。そして最後の山を下りたところにゴールがあります。・・・私なら1か月かけてゆっくり楽しみたいコース。

この大会、驚くことに主催者1人ですべてを運営していること。役員もスタッフもいません。車での移動は選手のサポータが移動時のみに支援を行い、途中の飲食は自由です。出場者の選考も主催者の主観で選ばれます。重要なのは出場する動機だそうです。何度も出場しているランナーもいれば、初出場もいますし男女混合です。

朝9時に33人がスタートして最初の100kmを夕方から夜にかけて走ります。100kmを走るだけで私の場合足が壊れます。いや、50kmで動けなくなると思います。以前フルマラソンと同じ距離を走ってみようとしたら30kmくらいから歩きながら5~6時間かけて42kmちょっと走破?できた記憶があります。一日中走ってこれからまだ夜通し走るんです。そして夜に香港を南北に走るのですが、真夜中に雨の中山道を走ります。ここで多くのランナーが棄権し始めます。途中売店でカップラーメンを食べて暖をとりまた走り出す。一昼夜で2コース180kmの走破。これだけで体はもうボロボロなのに、次のコースは長い長い階段を上る50kmのコース。スタートの翌日の晩にビクトリアピークから香港の夜景を見ることができますがもちろん夜景を楽しんでいる時間も精神的余裕もありません。最後のコースがあるランタオ島に行く船は、午前3時の次は午前7時。過去60時間以内でゴールした9人のうち8人は午前3時のフェリーに間に合っています。そんな条件の中このあたりで諦めるランナーも出ます。

ビクトリアピークに到着した時点で日本人参加者の土井選手は、「痛いところは、腿、膝、腰、背中、肩」と、ほぼ全身が痛みで辛そう。そして少し休むと体が冷えて固まってしまう状態。上位は土井選手の他、ネパール、オーストラリア、香港、韓国、イギリスなどの選手がいました。もうこのあたりからは精神力の世界。

そして、最後ランタオ島一周、終盤に山二つを登山。札幌で言うところの手稲山と藻岩山の両方を登って降りるコースが70kmのコースの最後の15kmに待ち構えます。ほんとにクレイジーです。数名がここまで走ってくるのですが、驚いたのは最後の10kmになると皆さんまた走り出せること。ゴールが見えてくると力もわいてくるのだと思いますが、290km走ってラストスパートってできるものなんですね。

そして、6人が60時間以内でゴール 
トップはずーっと笑顔で走ってきたネパール人の方、最後は顔をしかめゴールで泣き崩れました。2位のオーストラリア人も、そして土井選手もゴールして涙。普段は泣くことがないそうです。それだけ過酷だったんだなということが伝わります。最後に間に合わなかったイギリス人の女性が途中幻覚をみるほどに苦しみながら72時間以内でゴールしました。

皆さん、それぞれの思いや何かを背負って、自分自身に挑戦して貴重な何かを得たようです。主催者の思いは言葉にできないその貴重な何かを知ってもらいたかったのかなと感じました。素晴らしいドキュメンタリー映像を見させていただきました。

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