【旅】秋の御室仁和寺 春の御室桜だけではない見事な秋の紅葉

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仁和寺に行きました。秋晴れの好天で暑い位の陽気でした。
888年創建 真言宗御室派総本山「仁和寺」
1994年(平成6年)に世界遺産に登録されました。

境内のにある五重塔二王門などは江戸時代に再建されたものです。御室桜は4月中旬に見頃を迎え、京都で最も遅咲きの桜として有名です。境内の景観の一つとして江戸時代からの姿を今に伝えます。

春の御室桜も有名ですが、秋の紅葉も見事です。

御殿の紅葉

御殿(本坊)は、宇多法皇の御所があった辺りに建つことから「旧御室御所」と呼ばれ、白書院、宸殿、黒書院、霊明殿が渡り廊下で結ばれています。これらの建物は、1887年(明治20年)に御殿が焼失した後のものですが、茶室「遼廓亭」(重要文化財)は、江戸時代の画家・尾形光琳の屋敷から移築されたもので、もう一つの茶室「飛濤亭」(重要文化財) は、江戸時代末期に光格天皇の好みで建てられた草庵風の茶席です。庭には見事な紅葉が色づいていました。

仁和寺のはじまりから隆盛

886年第58代光孝天皇によって建立を発願されたことに始まります。しかし翌年光孝天皇は志半ばにして崩御されました。しかしその後、第59代宇多天皇が遺志を継がれ、仁和4年(888年)に完成したのが仁和寺です。

宇多天皇は寛平9年(897年)に仁和寺第1世 宇多法皇となります。以降、皇室出身者が仁和寺の代々住職(門跡)を務め、平安〜鎌倉期には門跡寺院として最高の格式を保ちました。

1467からの年応仁の乱で、ほとんどを焼失するという悲運に見舞われます。本尊の阿弥陀三尊をはじめ什物、聖教などは真光院に移され、法燈とともに伝えられていくことになります。

再建

応仁の乱から約160年後の寛永11年(1634年)に再興の機会が訪れます。仁和寺第21世 覚深法親王は、上洛していた徳川幕府3代将軍家光に仁和寺再興を申し入れ、承諾されます。正保3年(1646年)に伽藍の再建が完了し、創建時の姿に戻ることが出来ました。

五重の塔を望む紅葉の庭

近世

慶応3年(1867年)、第30世 純仁法親王が還俗したことにより皇室出身者が住職となる宮門跡の歴史を終えます。また、明治20年(1887年)には御殿の焼失がありましたが、大正時代になり再建をしています。

昭和時代に入ると、仁和寺は真言宗御室派の総本山となり、平成6年(1994年)に古都京都の文化財としてユネスコの「世界遺産」に登録され新たな歴史を刻んでいます。

国宝 阿弥陀如来坐像

創建時の金堂本尊「阿弥陀如来坐像」が残っています。像のかもしだす和らいだ雰囲気は、平安時代の彫刻が次第に和様式への道をたどる出発点の造形と言われています。腹前で定印を結ぶ現存最古の阿弥陀像としても有名です。現在は脇侍である勢至菩薩立像、観音菩薩立像とともに霊宝館に安置されています。

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