【旅】京都・大原の宝泉院で庭の見事な松の木を見ながらお茶をいただく。水琴と血天井など

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大原寺勝林院の僧坊の一つとして創建されます。『声明目録』を著すなど声明の大家として知られる宗快法印によって嘉禎年間(1235年頃)に創建され、当初は了性坊と呼ばれていた。

お庭を見ながら抹茶をいただきました。ここに座ってゆっくりお茶できるなんてとっても贅沢な気分です。

お茶

樹齢約700年の「五葉の松」は、庭園の南側に生息しています。樹高は11m、枝張りは南北11.5m、東西14mで、樹冠は、ほぼ扇形であります。根回りは425cmで、地表部と、高さ1m程の部分で幹が分かれます。3本の幹のうち、中央が最も大きく、樹冠の大部分を占めます。樹勢も旺盛であり、ゴヨウマツの大木として貴重なものであることから「宝泉院のゴヨウマツ」は平成3年(1991年)4月、京都市の天然記念物に登録されました。

水琴があり、耳を近づけるととてもよい音が聞こえました。
この音はとっても癒されます。

1600年の関ヶ原合戦前、徳川の忠臣・鳥居元忠以下数百名が豊臣の大軍と戦い伏見城 中で自刃しました。その武将達の霊をなぐさめ、自刃した床板を天井にして祀り、供養としています。自刃して数日そのままだったといいます。その跡らしき模様がいくつも確認できる天井です。

鳥井元忠は(1539~1600年)天文二十年(1551年)十三才で徳川家の近侍となってから常にその戦陣に従っていました。姉川の合戦、三方原合戦、武田勝頼の浜松城攻めそれぞれ戦があり、小田原陣でも功あり家康の関東入国で下総国矢作四万石の城主となりました。家康が上杉征伐の向うに当り元忠を止めて伏見城を守らんことを言い渡し、再会すべからずと水盃を交して訣別しました。元忠は1800余人の寡兵をもって伏見城を守り宇喜多、島津以下の西軍9万余を相手に防戦よく努めたが、包囲二旬をへて8月1日落城し、自害自刃した。時に鳥井元忠62才といわれます

宝泉院 拝観料
大人   800円
中・高  700円
小    600円
(団体30名以上は、1割引)

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